第5回読書会 さっちゃん編

ジョイラッククラブ/エイミー・タン

この本は、19才の時に英語で読みました。
アメリカに語学留学中の宿題だったのです。

日本にも家族または世間一般からのプレッシャーはあります。
そういう意味では、わかりやすい本でした。

その後すっかりジョイラッククラブの事は忘れていたのですが、21才の時に結婚が決まり、夫と私の両親がはじめて会う事になりました。
横浜の中華街で食事をしたのですが、「エビチリ」の大好きな夫は大皿から「大好きなんです」とにこにこしながら、自分の皿へとそれはもうたっぷりと取り分けました。
両親は、緊張で何も喉に通らない状態だったので、料理にはほとんど手をつけていなかったし、私の母が料理したわけでもなかったのですが、「ジョイラッククラブの1シーンの様だな。。。」と苦笑した覚えがあります。

読書会では、「移民後のアイデンティティ」の話しがでました。
ジョイラッククラブからは、「中国」や「家族」の背負っている歴史やしきたり、人々の想い等を子供にも受け継いで欲しいという母親の気持ちを非常に強く感じました。
私自身は「日本」のそれを子供達に受け継いで欲しいという気持ちはそれほどなく、私と過ごす時間の中で「日本」を感じてくれればいいんじゃないかという程度です。
それなので、再度読んだジョイラッククラブの母親たちに対しては「どうして自分ではない人間に対して、あれほどまでに「自分」を投影させたがるのか?」「アメリカという全く違う国で育つ子供達、当然、親が通ってきた道とは違う道筋を行く事になるのが分からないか?」と思ってしまいました。

ただ、本の中の母親4人が1949年よりも前に生まれている設定で、1970年代生まれの私が経験した時代とは違う、そのうえ「日本」と「中国」という違うバックグラウンドを考慮すると「仕方がないのかもしれない」と思えてきました。
アメリカに移住してもなお中国社会を生きぬかなくてはいけなかった彼女達の力の源は、もしかするともろもろの誇りと次の世代への期待だったのかもしれないですね。


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