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第2回読書会 minori編
2013-02-27 (水) | 編集 |
minori様より

24人のビリー・ミリガン(上・下)

基本的に猜疑心が強くあまり物事をストレートに信じないようにする、というのが私の信条ではある。
しかしながら、あくまで著者が偽りを述べていないのだとしたら、このようにたくさんの人々が目撃し、肩入れをしたこの現象は本当の事なのかもしれない。
あるはずもないであろう知識を披露したり、また、持てるはずもない技術をひけらかそうとするのは「ただの知ったかぶり」や「生半可な知識」だけでは対応できるものではない。
だとすると彼の中に住んでいたこのいろいろな側面を併せ持つ人物たちは、やはり多重人格として彼の中に住んだのかもしれない、と認めざるを得ないのかもしれない。

人が過剰に心理的ダメージを得た場合、一時的に心をシャットダウンし、記憶を構築しないという現象があるのは一般的にもよく知られているし、事実そういうこともあるだろう。
ただ、あまりに過剰に、そしてあまりに頻繁な度合でそれが行った場合、逃避する手段として、それを他の人格が受け入れる、ということも、もしかしたらあるのかもしれない。

ビリーの場合もそのように始まり、やがて様々な人物が彼の中に育っていくわけであるが、いったいどういう仕組みで立場も年齢も性別も関連性のない人物たちが育っていくのか、その原理に非常に興味がある。

その一方で、そうでもしない限り救えなかった彼自身の心と体に深く同情もする。
尤も、だからといって犯罪を犯したことを許せるか、と言われたら否と答えるしかないのだろうが。

犯罪を裁く上で精神に問題がある場合、勿論通常の罪人のようにその犯罪を裁くことはできない。確かに彼にはその同情の余地があるほどのバッググラウンドがあったわけなのだが、それでも被害者はそれで「割り切れる」かと言えば「割り切れない」のも事実であると私は思う。

上巻そして下巻の半ばまでは非常にのめりこんで読んだこの作品であるが、残念ながら解決までには至っていない。その点が非常に残念だ。
出来るのであれば、どういうメカニズムでこういうことがおこったのか、(勿論虐待がそのトリガーとなったことはわかるが)知りたいし、実際見てみたいとも思う。尤も私に抱えきれるほどの問題じゃないし、精神科医でもないのでわからないけれど、具体的な身近な精神科医のコメントも聞いてみたいものだ。
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