日本語活字中毒の皆々様 ようこそ趣味の貸し本屋へ 
本と私 るる編26
2012-08-03 (金) | 編集 |
そんなシドニー生活を送っていましたが夫の仕事の都合で2005年パースに引っ越してきました。
そして、お互いの娘を通じてさちこさんと知り合うようになり、今では二人の趣味である貸し本屋ブッククラブを主催しています。
さちこさんとはブッククラブオープン前に色んな話し合いをし、今はどんな本を購入するか、どんな風にしてお客様に来て頂けるかなど話は尽きません。
先日は念願の読書会開催の説明兼お食事会を催すことが出来ました。
また最近では、購入した本と皆様から寄付をして頂いた本が増え、本を置く場所に頭を悩ませているほどです。日本語の本好きの皆様のお役に立ちたいと始めたブッククラブですが、一番楽しんでいるのは私達なのかもしれません。

沢山の友人の皆様の心温かい応援のおかげでブッククラブはオープンに漕ぎつけましたし、今でも沢山の方々から引き続き本の寄付を頂いております。心からお礼申し上げます。

最後に忘れてはいけない人達がいます。我が夫とさちこさんのご主人。日本人妻の私達をよく理解してくれ協力を惜しまない素敵な旦那様達です。心から感謝しています。

26回の長きにわたって本と私を読んでくれた皆様、どうもありがとうございました。
本と私 るる編25
2012-07-27 (金) | 編集 |
読書会をやりたい、という気持ちが始めて生まれ、日本人の友人にその話をしたら同じ本を読んでやってみる?ということになり最初は友人と二人で始めました。
ところが二人だとどうも話に盛り上がりが欠けるようで、夫達がやっている「あーでもない、こーでもない」ということになりません。そこで友人と本好きをもう少し集め大きくしてみよう、ついでに本の会をふた月に1度、映画の会をふた月に1度、交互にやろうと話がとんとん拍子に決まりました。
参加者は、本好きなら誰でもオッケーですが、出来たら色んな年齢層で、男の人にも参加してもらおうという方向で始めました。結果は大成功でした。
子供が小さいお母さんが多くいた為、子供を寝かしつけてから始めるので時間がどうしても遅くなります。夜の8時に始めて大いに盛り上がり夜中の2時を過ぎた事もあるくらいです。読書会を開催したお宅には大変迷惑をかけましたが大いにストレス発散も出来たのでした。

つづく
本と私 るる編24
2012-07-20 (金) | 編集 |
このようにして本と付き合ってきた私ですが、日本にいる間は日本の本を読むのに何の不自由もありませんでした。
やがてオーストラリアのシドニーで結婚をして、シドニーに定住をするようになるとますます日本の本が恋しくなりました。
その為あちらこちらの図書館で日本語の本を探したり、日本に帰る度に本を買い、シドニーに住む日本人の友人と本を交換したりしていました。
ある日、夫が卒業したシドニー大学の学生記者が、夫と仲間が大学時代から始めた読書会20周年記念のインタビューに来たいと言う話が持ち上がりました。夫が仲間と一緒に催している読書会は2ヶ月に1度持ち回りであり、我が家にも何回も来た事があります。出席人数は都合のいい人達だけが集まりるのですが、常時7人から10人、多い時では12、3人集まることもありました。
それまでは、大の大人が「あーでもない、こーでもない」と騒いでいるのを横目で見ていただけですが、インタビューがきっかけで、「これしかない!」と思いました。

つづく
本と私 るる編23
2012-07-13 (金) | 編集 |
こうして有頂天になっていた私は、日本語の国語の時間の作文にも「将来は作家になりたい、でもこんな私だからポルノ小説か、3文小説かもしれない」なんていうことを書いていました。
国語の先生から例外的に100点をもらって得意にもなっていました。
高校生時代は富島健夫から始まり落合恵子、森村誠一、横溝正史、松本清張、三浦綾子など、翻訳物もこの頃に読み始め数え上げていたらきりがありません。
でもとても不思議なことに、こんなに沢山本を読んでいても自分では本を1冊も買ったことがないのです。
どうやらいつも沢山の友達が回しているのを借りていたようです。
家でも父が読んでいる時代物や歴史物を読んでいました。
そして、かつてはテレビガイドにしか興味がなかった私が、この頃になると新聞にも興味を示し始め、寮のロビーにおいてある新聞をおじさんのようになって読んでいました。

つづく
本と私 るる編22
2012-07-06 (金) | 編集 |
中国語の「17歳の憂鬱」を母の本棚に返す時、母に「その本読んだの?面白かった?」と聞かれました。
「うん。面白かった」。
「その本ママが書いたのよ」
「?」
「ママが昔書いた本なの」
「えー!?」
全くの驚きでした。母は中国語の新聞や雑誌に記事を書いていることや、時々、短編の小説を書いていることを教えてくれました。私が家にいる時に何かを読んでいるのは見たことはありますが、書いているところを見たことがなかったので大変な驚きでした。私達が学校に行っている間や、夜寝てから書いていたと言う話に納得しました。私が読んだり書いたりが好きなのは母もそうだったからなんだと嬉しくなりました。こんなに母を身近に思ったことはありませんでした。
実は丁度その頃、富島健夫の小説に影響を受けて、同級生の1人を主人公に見立てて超短編の恋愛小説を書いたりしていたのです。もう同級生達はヤイノヤイノと大騒ぎ。
その内に皆が「自分を主人公にした物語も書いて」と催促するようになりました。

つづく