日本語活字中毒の皆々様 ようこそ趣味の貸し本屋へ 
ブッククラブ読書会からのお知らせ
2015-11-03 (火) | 編集 |
13回を数えるブッククラブの読書会ですが、最近新しく始めた知的書評ビブリオバトル旋風が巻き起こっています。
しばらくこちらの旋風に身を任せることにしましたので、読書会は少しの間お休みをすることになりました。

今まで読書会に参加して頂いたメンバーの皆様に心より感謝いたします。
読書会を再開する場合は、ブログとメンバーの皆様にメールでお知らせいたします。
またお会いできる日を楽しみにしております。

さちこ&るる
第13回読書会 さっちゃん編
2015-11-02 (月) | 編集 |
エンジェルフライト国際霊柩送還士・佐々涼子

葬儀業界の慣例にしたがって、遺体の納められた「ひつぎ」を「柩」、納められていないものを「棺」と表記している (文中より)

私の知らない事は限りなくある。

もし、海外で家族が亡くなったって言われてもその事実を飲み込んで納得するのはとても難しい。

エンジェルフライトの仕事への亡くなった方への誠実さは素晴らしいと思う。
残された人達が前に進んでいけるよね。
第13回読書会 minori編
2015-11-01 (日) | 編集 |
佐々涼子・エンジェルフライト国際霊柩送還士

国境を越えて遺体を家族のもとへ送り届けるのが国際霊柩送還士の仕事。日本初の専門会社で働く人々と遺族の取材を通して、筆者は人が人を弔うことの意味、日本人としての「死」の捉え方を知る。
第10回開高健ノンフィクション賞受賞作 (集英社の紹介より)

考えてみれば自分がもしここで不慮の事故なんかにあったら、一体どうしたらいいのか、ということも考えたことがありませんでした。そういわれてみれば私はどんなに親に心配かけているんでしょうね。なんか申し訳ない気持ちにもなってしまいます。

私たちがもしここで亡くなった場合、遺体をどうするのか、そのまま戻すのか、それとも灰にして戻すのか、お金もいったいどこでカバーされるんでしょう。
だってこっちに住んでしまっているから、旅行保険なんかも入っていないし。ちょっと調べてみないと。疑問はたくさんです。

この方たちはこういうことのプロフェッショナル。そんな彼らの仕事をルポしているこの作品はとても興味深かったです。彼らは死体と向き合うというよりは人間として亡くなった方と向き合い、日本で迎えてくれる。こういう人たちに迎えてもらえるのはある意味幸せかもしれないとまで思ってしまうくらいの仕事ぶり。私ならまともに向き合えることができないかもしれない…。死臭も見た目も大変なことになっているだろうし。

そしてここで考えたのが、この先日本でもし積極的に戦争なんかに参加していったら、彼らの仕事だけじゃ追いつかなくなりきっと別の業者が入って、すぐにおざなりなものになるはず、ということ。

戦争になるというのはそういうこと。

先日オーストラリアから灰がようやく返還されたというニュースがあったがまさにそういうこと。
何十年ぶりの帰国、それが当たり前となり、ひどければ帰ってこない。

親や家族なんかはやっぱり会いたいと思うのだろうし、そうなるとやはり彼らの仕事は必要不可欠。
だけど仕事をする人がいなくなったらこれはもうどうしようもない。
そんなにたくさんの人が就くべき仕事でもないような気もするし。

政府のお偉いさんはまぁ行くこともない戦争でも私たちにとってはリアル。
こういう現実を踏まえて戦争をしたいと思うのだろうか。
残される人のことを、そして大変な思いをして処理をしてくださる人たちのことを考えて、それでも戦争をしたいのかな。

そういうことまで考えさせられた。

私にもしものことがあったときのこともやっぱりこれからは考えなきゃならないんだなー。
なんだかちょっと気分は重くなりましたが、それでも知る必要のある本だったと思います。
第13回読書会 るる編
2015-10-30 (金) | 編集 |
佐々 涼子  エンジェルフライト 国際霊柩送還士

国際霊柩送還士。こんな仕事があるとは知りませんでした。すごい仕事です。かつて大手旅行代理店に勤めていた時に知識として知っていたのは、遺体を棺に入れ貨物として日本へ送ること、そしてそれは非常に高価になるということ、その為ほとんどの人が海外において先ずは火葬にしてから遺骨を持ち帰るということ。文中にもありましたが海外で火葬にすると遺骨が残らず遺灰になってしまうので温度を調節しなければならないこと、それだけの知識しかありませんでした。そしてエンバーミング(防腐処理)に関しては全ての内臓を取り除くという程度のことしか知りませんでした。実際に遺体を見たことは二度しかなく、一度目は若くして亡くなった大親友でした。彼女のお葬式は彼女のお誕生日に執り行なわれました。その前日身内だけの会が催され私も招待を受け真赤なバラ一輪をもって会いに行きました。口紅を指していない遺体は「遺体」という感じがしたものですが、ご両親から「口紅はるるちゃんが指してあげて」と残してあったのでした。紅筆を持ち、紅を唇にのせていく、たったそれだけのことでしたが、唇が紅をのせていく端から少しよれていきます。生きている自分に口紅を塗っているような感じです。「生きてるよ」と言いそうになりました。全ての紅を指し終わった彼女は「遺体」というよりもただ単に「寝ている」ように見えました。もちろん解剖した跡が軽くスカーフで隠してありましたが首の回りに残っています。二度目はつい最近ですが夫の母が亡くなった時です。どちらのケースも普通に亡くなっているので葬儀社がエンバーミングをしたのだと思いますが、本文のエアハースインターナショナルは、国境を越えて遺体を故国へ送り届けるという仕事をしています。それは病死だったり、事故死だったり海外から還ってきた遺体は欠損した状態で還って来ることもあります。そしてまた飛行機で搬送をしている際にも気圧の変化などで保存状態が変わることもあります。その全てをご自宅に届けるまでに「生前と同じように」戻していくのが仕事です。
「お父さんとお母さんが待ってるよ。よくかえってきたね」そんな風に声をかけながら、
「しばらくぶりに家族に会えるんだから男前にしてくれよ」という声が聞こえるような、
遺族が悲しみぬいて悲嘆を癒すためにエアハースはそこにいるのでした。
第13回読書会 つぶあん編
2015-10-29 (木) | 編集 |
エンジェルフライト 国際霊柩送還士・佐々 涼子

外国で亡くなった人を母国の遺族のもとまで送り届けるまでの一切を請け負う、日本で唯一の会社「エアハース インターナショナル」。
外国に住んでいながらほとんど考えたことがなかった。
もし外国で亡くなったらどうなるのか。
あぁ...今私や息子たちがここで死んだら彼らのお世話になるのか。
お世話になりたい....心の底から思える。

実は割と読むのが早い私が、急いで毎日読んでいたのにも関わらず、1週間もかかってしまった。
なぜなら、私自身の過去を思い出しながら読み進めて行ったからだ。
必ずしもいい思い出ばかりじゃなかったし、さらに反省したり、泣いたり....だ。
そしてかつて死に関する本を読みあさった頃に読んだ本もいくつか出てきて、またそこでその当時の記憶が蘇り.....。

まず子供の頃に母方の祖父が亡くなったときに、初めて嗅いだ死臭。
あのときはとても驚いて、ただただ恐怖の記憶しかな残っていない。
そして母を含め、たくさんのひとが泣いていた光景。
でも振り返ってみれば、死臭というものを嗅いだのは、あのとき以来ないと思う。
おそらくその当時はまだ遺体の保存方法が今より悪い時代だったんだと思った。

そして20代前半、私が看護師だったころの記憶。
当時勤務していたのは大きな国立病院で、そのなかでも私が勤めていた病棟は外科病棟。手術前後の患者さんも多いが、それと同じくらいにガンで亡くなる患者さんが多かった。たしか年間一番亡くなる数が多かった病棟だった。
何人もの患者さんのエンゼルケアと呼ぶ死後の処置をさせて頂いた。
時には深夜に、たったひとりで個室で亡くなったばかりの患者さんのエンゼルケアをしたこともあった。
身体を拭いて、耳や鼻や肛門などに鑷子を使って綿を詰めていく。当たり前だが驚くくらいの綿が入っていく。
最後には押し込んで蓋をするようきっちりと詰める。
男性なら伸びた髭をそってあげて、女性でも産毛をカットしてお化粧をする。乾いて固くなった皮膚に上手くファンデーションが塗れなかった。
その時の皮膚の感触や、背中を拭くために身体を動かしたときのご遺体の重さまで.....いろんな記憶が蘇ってきてしまった。
今回のエアハースインターナショナルの方達のように、美しく仕上げてあげられなかったなぁ....と、そんな懺悔や後悔の気持ちがじわじわーっと広がった。
でもあの時は全く、怖いとかという感覚はなくて、もともとお世話させて頂いた患者さんだったから、ある意味遺族に近い感情で接しながら最後のケアをさせて頂いたような記憶がある。

そして数年後、父方の祖父祖母が亡くなり、若い友人が病気で亡くなった。
遺体の状態で会ったのだが、その時に触った顔の感触までが、この本を読みながら蘇った。

私がエンゼルケアをさせて頂いた患者さんの身体は傷はあったけれど痛んではいなかったし、知らない方でもなかった。
でもエアハースインターナショナルの彼らは、時には想像を絶する状態のご遺体に直面する。
悲しみの底で、一刻も早く会いたいと願っている遺族にベストの状態で対面させるために、パスポートの写真をみて、プロフェッショナルな高い技術で出来る限り生前の状態へ近づける。
「お帰りなさい、良く帰ってきたね」
ご遺体を労りながら、労いながら、声をかけながら。

彼らの仕事はとても尊い仕事だと心から思う。
本当に素晴らしいです。